たぬき

初夏の日曜日、キャンパスを埋め尽くす人。

自分にとって3度目の夏。


その一日の為に仕事を辞め、同じく仕事を辞め海外に1人留学した彼女との約束を。


発表は通知の葉書を待たず、不合格の確認をする為に竹橋にあった合同庁舎へ。

薄暗いホールの奥、突き当たりの掲示板に、それはある。

テレビでしか見た事のない初詣のような雑踏のキャンパスを絶望的な気持ちで歩いてから3ヶ月。


小さな紙切れに大きな余白を残す、合格者。

薄暗闇の中で、罪悪感と恐怖に囚われ。

その後の記憶が、一年程、ほとんど無い。


彼女はうちの親父の事を「とんだタヌキ親父だ」と、時々独り言のように呟いていた。

「あれは役者だね。本当に凄い。」

身近にいると気づけない、親父の仕事を彼女を通して知る。

異物を擦り合わせるための潤滑剤として、相手に対応してその役割を演じる。

対象を見抜く力あってこその職人技。

それが面白さであり、難しさでもある。


彼女との別れ際にはっぱをかけた。

結果、彼女は僅か半年の勉強で合格した。

前年が惜しい所まで行っていたので、きちんとやれば受かるとは思っていたけど。
半年で再び合格レベルまで引き上げるのは難しい。

今も悩みながら、この仕事を続けている。



自分を責めて自失状態にあったあの頃と違い、今回は改めて自分の弱さを見つめる機会にはなった。


あの時、自分を責める暇があったら、もっと出来る事があった筈だった。


そう思えるようになった事が、今はせめてもの救いだ。