かれに


水量が多いのか。

道に沿って流れる水路からのせせらぎ。

街道を走る車のパターンノイズ。

風にそよぐ木の葉の擦れる音。

自分の靴音。


自分の住む街の深夜のようで。

けれど眩しい日差しと乾いた空気を肌で感じ。

違和感が喜びに感じられる。


道の突き当たり。寺院に到着。
雌雄同体の銀杏の木がある。
敷地に足を踏み入る。左に保育園、正面には寺院、右手に、墓地。

まずそのまま正面の建物の前を通り、日の当たらない薄暗い墓地と建物の間へ。

その空間に、彼はいる。


「よお、久しぶり。」

声をかける。少し痩せたみたいだな。

でも彼の目は僕の手元に釘付けだ…。

手前でしゃがみ、用意してきた缶詰を袋から取り出そうとすると、左手に握っていたハンカチに、彼が噛みつく。

「これ。」

あらぬ方向に視線を固定したまま、ハンカチを咥えて固まる。

引っ張るも同ぜず、視線をそらせた睨み合いが続く。

「しかし、埒があかんな。」

暫し膠着状態が続いた後、ここは「猫缶の魔力メソッド」に頼る事を決断する。

「ばきん」という音に反応してくれることを期待するも、そういった習慣の無い彼には「魔力」は通じなかった。

しかし人間を遥かに凌駕する彼の嗅覚が、それを認識する。

「…落ち着きなさい。」

彼の取り乱しぶりに困惑するも、ハンカチは取り返せた。

「唾液臭いよ。」

缶詰めをあけると、あっという間にたいらげてしまった。

…仕方ないな。体には良くないんだけど。

前回食べ損ねた南部せんべいを分けることにする。

バリバリ音をたてて凄まじい勢いで、南部せんべいが消えてゆく。

合間に僕も囓る。

でも彼との割合は9対1位。あっという間に完食。

まだ足りないみたいだけど、これ以上は君の為にもならないよ。

頭と背中をポンポンと叩き、彼のもとを後にする。