えがお


9年間真剣に付き合った彼女と別れた後、1人で氷点下の盛岡市内を一晩中歩きまわる。

その時の事を、よく思い出す。



彼女には親友と呼べる友達が1人いた。

一度会ったきりで、あとは彼女から聞いた話だけで知る存在。

とても魅力的な女性だった。

生まれつき内臓疾患を持ち、移植手術をしなければ30歳まではもたないだろう、と言われていた。
そして成功する確率はかなり低く、ドナーは親、兄弟のみ。

家族に犠牲を強いてまで、生きる事が正しいのか。いつも悩んでいた。


一度一緒に風呂に入った話を聞いた。
腹部から背中まで、大きな傷があったそうだ。

その重さに、恋もままならないことも。


最後に聞いた話は、大学時代の共通の友人の結婚式に出席した時の事。

「もう辛くて笑う事すら苦痛」

そう話していたそうだ。

二度の移植手術を経て、様々な想いを残したまま、彼女は30歳を待たずに旅立つ。


その時僕はあんな状態で、彼女を支える事ができなかった。



想像で作られた、その人の人物像。

最後に何を思い、どんな景色を見たのだろうか。

何度も、何年も夢に現れる。



彼女と別れた後、親族の集まりに出た時の事。

精一杯の虚勢を張って笑顔で接した。

当時3歳の甥っ子が近づいてきて、こう言われた。

「としくんは、どうしてわらわないの?」


あの時、僕はどんな顔をしていたのだろうか。


僕は今、どんな顔で笑っているのだろうか。